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神戸大好き 明日のKOBEを創る会

過去の研修会

第147回研修会

講 師: 神戸市副市長 岡口憲義
演 題: 神戸港の新たなステージに向けた展望
 
 

 

 
はじめに

 神戸港は昨年1月に開港150年という節目を迎えました。この開港150年といっておりますのは少し味噌がございまして、後ほど出てまいりますが1868年1月1日に神戸港は開港しております。ですから、150周年といいますと今年になるのですが、神戸開港150年と言っております。これは、開港100年当時は原口市長でしたが、その年に神戸の港で世界の港の国際会議をしようという話が持ち上がりまして、それならばいっそ、その時に開港100年もやっちゃおうというふうに原口市長が決めました。それで100周年だとその来年になってしまいますから開港100年ということで、それからずっとそのままやってまいりまして開港150年ということになっております。ですから兵庫県政も同じ年に始まったのですが、150周年というふうに言われております。いわば、神戸港は少し前倒しにやってきたという風でございます。そういった節目の年、新しい年を迎えた神戸港のチャレンジにつきまして今日はお話をさせていただきたいと思います。どうぞ、お付き合いを願いたいと思います。
 お話の内容ですが、最初にこれまでの神戸港の歩み、2つ目に現在神戸港で取り組んでおります最重要施策であります国際コンテナ戦略港湾の取り組み、3つ目にクルーズの振興に向けた取り組み、4つ目にウォーターフロントの再開発、5番目に神戸空港について、最後に将来構想についてお話しさせていただきたいと思います。ところどころ、港は専門用語が多くございますのでわかりにくいかもしれませんが、できるだけわかりやすい言葉でお話させていただきたいと思います。

神戸港の歩み

 神戸港の歴史ですが、三世紀の頃に務古水門(むこのみなと)として現れております。また、平清盛が福原京を建設しておりますが、それとあわせて経ヶ島(きょうがしま)という人工島を建設して、日宋貿易の拠点としております。この経ヶ島は約40haの人工島と言われておりまして、当然ながら日本では初めての人工島であると今も言われております。神戸港の開港は1868年1月1日でした。その開港当日の図といわれているものもありまして、その図には英米の軍艦がマストに日章旗を掲げて祝意を表しまして、正午には21発の祝砲を放って開港を祝したと言われております。それにちなみまして、去年の開港150年では昼間ですが花火を上げました。そして、神戸開港以来、大変多くの人、モノ、情報が神戸港から神戸の街に入っておりました。特に、神戸港から日本全国に広まったものとしてジャズ、コーヒー、ゴルフなどは有名です。
 一挙に時代は進んで、近代には神戸港の港湾整備が盛んに行われました。明治40年から15年の歳月をかけて第1一期の修築工事が行われています。この工事では現在の新港西側の第1〜第4突堤あたりが完成しております。第2期は1940年頃ですが、第4突堤を超えて、新港の東側にその整備が移ってまいります。そして、第二次世界大戦のあと、近代産業の発展に伴い更に兵庫突堤、摩耶突堤の方に整備が移り、1960年頃にはほぼ現在の形となっています。新港の西側、東側、摩耶埠頭、兵庫埠頭という形で今の神戸港の原型が整ってきています。昭和30年代後半の写真では、沖合に止めている船から貨物をはしけに積み替えまして埠頭まで持ってきています。これをはしけ輸送といいます。それが、昭和42年になりますと、世界の海上物流の中では画期的な出来事といわれておりますが、コンテナの中に貨物を積んで、コンテナを積んだコンテナ船が直接岸壁に着岸する海上輸送に変わってまいりました。その日本での初めてのコンテナ船入港は神戸の摩耶埠頭です。このコンテナ船によって従来の人員の半分で、約20倍の貨物の積み下ろしができるようになったといわれたものでございます。
 昭和39年から56年にかけてポートアイランドが建設されております。これはもちろん新たな土地づくりという意味もありますが、港の世界の事情でいいますと、コンテナ船がどんどん大型化して、岸壁も深い水深が必要になります。したがって、港が沖に沖に出る必要がございました。それら二つの意味からこの人工島を作ろうということになりました。当時はいろんな案がありました。ポートアイランドの形も色々と考えられまして、検討を重ねて今の形に落ち着いたという経過がございました。
 昭和39年7月に海上文化都市ポートアイランド構想が計画図とともに市会議員総会で発表されました。近代においては日本でも初めてとなる人工島による港湾整備が始まりました。昭和48年頃ですが、ポートアイランドの北側から西側にかけて、コンテナバース1〜5が整いまして、神戸、そして日本でも事実上初めてのコンテナターミナルとなるものでした。当時の神戸港のコンテナ取扱量は年間約70万個で、当時の世界第3位でした。さらに、昭和51年、52年にも世界第2位のコンテナ取扱量になるといった形で、神戸港はコンテナ貨物における世界の代表的な港という地位を占めておりました。
 そういった中で、阪神・淡路大震災が発生いたします。港湾施設も大変な被害を受けまして、ポートアイランドの西側岸壁が海側にせり出して、その背後との間に大きな亀裂が生じました。また、ポートアイランドのコンテナバースでは液状化といって、地震によって地面から砂が海水とともに吹き出す噴砂と呼ばれる現象が起きました。六甲アイランドでも岸壁が海側に崩れて亀裂が入り、ガントリークレーン、貨物を運ぶトラックなども大きな被害を受けたという状況でした。
 そういった震災ですが、早急に復旧作業に入りました結果、震災から2ヵ月の3月17日にはその応急復旧の工事が完了しまして、摩耶埠頭ではコンテナ荷役が再開されております。しかし、依然としてターミナルの一部では陥没の状況が続いており、そういったものを残したままコンテナの荷役が再開されました。日本国内はもちろん世界と結ぶ神戸港でございますので、コンテナ船が入らないのでは国内はもとより海外の物流も停滞してまいります。従って日本政府、また各国の要望も受けて、当時の常識としては考えられていなかった2ヵ月というペースで海上物流としてのコンテナ荷役が再開できました。そして、さらに震災から約2年で港湾施設の復旧はすべて完了いたしました。特に震災直後は液状化現象でまったくコンテナバースとしては使い物にならなかったのが、2年でほぼ元の形でガントリークレーンも整備され稼働し、貨物も置かれたという状況になりました。
 現在の神戸港はポートアイランド、六甲アイランド、神戸空港がありますが、現在六甲アイランドの沖にフェニックスと呼ばれる埋立地があります。産業廃棄物などを中心に埋め立てられて利用できるようになるのは30年くらい先かと思いますが、今日最後にお話する神戸港の将来構想では、このフェニックスを含めて、六甲アイランドの南にさらに人工島を造成しまして、そこを新しい神戸港の拠点にしようということになっています。これはまた後ほどご説明させていただきたいと思います。

神戸港における国際コンテナ戦略港湾の取り組み

 世界の港湾のコンテナ貨物取扱量のランキングですが、現在世界一は中国の上海港で年間4000万個です。第2位がシンガポールで3300万個、第3位が中国の深セン、それから寧波、香港という順です。シンガポールを除いて上位の港はほとんど中国です。この原因は中国は世界の工場と呼ばれるように、圧倒的な量の製品を積みだしているのと、それから世界最大の人口を擁しておりますので輸入量も世界最大となっており、港の取扱量も大変多くなっています。
 神戸港の直接のライバルは韓国の釜山港です。その釜山港のコンテナ取扱量は2000万個となっております。現在神戸港の取扱量は過去最高ではありますが292万個強でありますから、残念ながら大きく水をあけられております。日本で一番沢山のコンテナ貨物を扱っている港は東京港ですが、年間500万個ですし、日本の主要港のコンテナ取扱量全部集めても年間1200万個ですから、数からいいますと大きく水が空いているという状況です。ただ、この個数というのはそれほど悲観するものではありません。これも後ほどご説明したいと思います。そういう状況の中で、今神戸港が特に最優先で取り組んでおります国際コンテナ戦略港湾としての取り組みをご紹介したいと思います。
 神戸港の構成を見ますと、神戸港で扱っているコンテナ貨物は、1994年は年間292万個、世界第6位の取扱量でした。それが1995年の阪神淡路大震災によりまして146万個まで一気に減りました。減った貨物はどうしたかというと韓国の釜山港、台湾の高雄港などに流れました。その後、様々な施策を展開して、2009年のリーマンショックでは一時的に貨物取扱量を減らしつつも、その後なんとか頑張って来まして2014年からは国際コンテナ戦略港湾の事業が始まったこともありコンテナ取扱量が伸びまして、昨年には阪神・淡路大震災前の292万個をわずかに上回って神戸港として過去最高を記録しました。それから、日本の港の中では東京港に次いで第2位まで回復しました。国内の5大港は東京、横浜、名古屋、大阪、神戸ですが、その取扱量を見ますと2016年の神戸港は280万個ですが、伸び率は3.5%で一番の伸び率を示しました。
 さて、国際コンテナ戦略港湾の取り組みは一体何かというと、3つの柱があります。ひとつは集荷、つまり荷物を集めます。震災を契機に釜山港をはじめとした東アジアの諸港に流れて行った貨物を神戸港に集めようという政策です。2つ目は創貨、貨物を創ります。企業の誘致、物流施設などを作ったり高度化することによって港の近くで貨物を創りだそうという政策です。3つ目は港の競争力強化です。コンテナ船の大型化に合わせて港湾の設備の機能強化しようという政策です。
 では集荷は具体的にはどうするのかですが、国からの提案もありまして、現在神戸港と大阪港と阪神港ということで、一緒になって集荷に取り組んでいます。特に神戸港が集める貨物は神戸港周辺だけではなく、瀬戸内海の中国地方の貨物、四国の貨物、九州の貨物をいったん神戸港まで持ってきまして、神戸港で積み替えまして、これをアメリカやヨーロッパに運んでいくという海上物流になります。中国、四国、九州の貨物を神戸まで運ぶ、これを内航船と呼びますが、その航路が必要になります。国際コンテナ戦略港湾を始めるまでそういった内航船の便数は週に68便でしたが、これが101便まで増えています。これが現在神戸港の貨物取扱量が回復している大きな要因になっています。次に創貨の具体的な例では、ポートアイランド、また六甲アイランドの企業で貨物を創りだす加工センター、物流センターが出来ています。国からの補助金や無利子での貸し付けによって、現在続々とそういった施設が神戸港の背後に建設されています。
 最後の競争力強化は、コンテナ船は急激に大型化しています。神戸港が世界第2位、第3位と言っていた頃は一隻のコンテナ船に積むコンテナの数は大体3000〜4000個、多くても5000個程度でした。それが現在は8000〜1万は当たり前、世界の港では2万個を積む船がどんどん増えてきております。そしてコンテナ船は大体300メートル近い船の長さですが、こういった船を神戸港の岸壁に付けて扱うためには岸壁の水深が必要になります。昔は船の深さは10メートルくらいあればよかったのですが、現在は最低でも16メートル必要です。そういった関係から港はどんどん沖合にターミナルを作っていくことになります。水深が必要になるのと、もうひとつはガントリークレーンです。船は横幅もずいぶん大きくなりますから、リーチと呼びますがガントリークレーンが手を伸ばして貨物を積み下ろしする、そのリーチも長いものが必要になります。これも神戸港が世界第2位、第3位と言っていた頃はコンテナ13〜14列分あれば十分だったのが今は22列でも不足気味で、世界の港では24列という非常に手の長いクレーンが主流になってきています。神戸港でもそういうことをやり始めています。
 さらに今や、地震に対応できる港というのは世界の港の常識になってきています。耐震強化岸壁といって地震で壊れることがないような岸壁を整備しております。23年前の阪神・淡路大震災により神戸港は日本でいち早く耐震強化岸壁の整備に取り掛かりましたので、神戸港は少なくとも日本の中では最も安心できる頑丈な港というふうになっております。

更なる競争力強化に向けて

 もうひとつ、港の競争力強化で欠かせないのがAIとIOTです。今や第4次産業革命と言われるほど産業社会の中で大きな潮流になっておりますが、世界を相手にビジネスを展開していく港はその最先端と言っても過言ではないAI、IOTの波にさらされております。世界の港の中でも最先端を行っていると言われる上海港では、上海の街の沖合30qに巨大な人工島を作りまして、そこから世界中に貨物を運んでおります。上海港は先ほど出てきましたように年間4000万個というとてつもない量のコンテナ貨物を扱っているのですが、そのために、世界で最もIOT、AI化が進んでおりますので、ほとんど人がおりません。ガントリークレーンからコンテナをおろす、その下す先はトラックではないのです。神戸港ではガントリークレーンで船からコンテナを吊り上げて、それをトラックに積んで、ドライバーに運んでいただくわけです。ところが上海港ではコンテナを荷台に下したら、それが自動的に走っていくのです。それでゲートまで走ってトラックに渡します。ですから船から貨物を下すエリアには人は全くおりません。私も映像を見ただけなのですが、本当に驚きました。
 もうこんな時代が来たのかという風です。ただ、だからといって雇用がなくなるというわけではありません。これはとにかく莫大に増えつつあるコンテナターミナルを稼働するため、そしてあの中国でも労働力は減少していますからそれを補うためのAI化、IOT化が進んでおりまして、荷卸しの現場には人がおりませんがそれを遠隔操作するところには人がおります。したがって、人の労働力がそこに集約されます。私は大変いいことだと思います。貨物が行き来する場所は危険も伴いますが、そういった現場には人がおりません。そして、どうしても人の力がいるようなターミナルオペレートには人が集中する。世界の港はこれからこういった流れになってまいりますし、神戸港も後れをとらないような開発が必要になってくると考えております。
 もうひとつ、皆様の身近な問題でもありますが、港はどうしても貨物などを運び込んだり運び出したりする為のアクセスが必要になってきます。大阪湾岸道路の計画は、大阪方面から六甲アイランドまで来てそこで事業が途切れておりますが、そこから六甲アイランドを渡りポートアイランドを通って南駒栄まで整備しようという事業が平成28年度に認められまして、今年度中には着工したいと考えております。こういった道路を作ることで、現在全国の都市道路でもワースト1の渋滞を示しております阪神高速の渋滞を大きく緩和するとともに、貨物の物流にも資そうと考えているわけです。
 また、先ほど申し上げたように瀬戸内海と九州の貨物を神戸に集めるわけですが、そういった貨物はそもそもどこから出ているのかといいますと、海外からの貨物で最も伸びているのは成長著しい東南アジアです。具体的にはタイ、マレーシア、インドネシア、ミャンマーなどです。ここから出てくる貨物をいったん神戸港に集めて、積み替えて、北米やヨーロッパに運んでいくのです。もちろん国内で使う貨物もたくさんあるのですが、そういったところが神戸港の役割です。先ほど申し上げました神戸港の取扱貨物量が回復基調にある、その主要貨物のひとつが東南アジアからのものとなります。貨物の積み替えはトランシップというのですが、そういった機能を回復するための東南アジア広域集荷プロジェクトチームを、神戸港に関係するトップ企業を中心にして既に立ち上げております。
 また、昨年はそういった東南アジアの各港との関係を深めようと5月に国際会議を開きまして、その中で上海、基隆、高雄、スービックなどの中国、東南アジアの11港と業務協定を結んで、一緒になって貨物を取り扱っていこうという取り組みもしております。また、この6月には台湾の基隆港とを結ぶフライ&クルーズの企画も進めているところです。今年の11月には国際会議をさらに拡大しまして、多くの船会社を迎えたセミナーをしたいと考えております。

神戸市民のクルーズ文化の醸成

 次に、クルーズの話をさせていただきたいと思います。神戸への客船の入港状況なのですが、2011年100隻だったのが昨年1年間で118隻、今年は146隻と増えてまいりました。中でも増えているのが外国客船でありまして、2016年32隻から2017年45隻と順調に伸びておりまして、45隻は過去最高の外国客船の数です。昨年クイーンエリザベス号が開港150年を記念しまして、クイーンエリザベス号としては史上初めて日本の港を発着するというクルーズをしてくれました。この船は世界1周をするクルーズ船なのですが、その航海の中で神戸に寄りまして、新たに人を乗せまして、神戸から鹿児島、釜山、広島、高知に寄って、神戸に帰ってきて人を降すという約1週間の神戸港発着クルーズをしていただくことができました。大変多くの方に神戸からクイーンエリザベスに乗り降りしていただいたということでございます。クルーズ船をお迎えするに当たりましては、様々なおもてなしをしております。
 クルーズの中でもう一つお話をしておきたいのは瀬戸内クルーズです。神戸は瀬戸内のいわば玄関口にあたります。こういった地理的条件を生かして、瀬戸内海の宇野、広島、北九州、別府、高松の各港と既に協定を結んでおりまして、一緒になって瀬戸内海をまわるクルーズ船を誘致しようという取り組みを進めております。実はほんの数年前までは「オイローパ」400人、「ロストラル」260人という風に、やや小型の船しか瀬戸内海を航海できませんでした。もちろんオイローパやロストラルというのは非常にラグジュアリーな品質の高い船ですのでそれはそれで意味合いがあったのですが、大型の船は入れなかったわけです。
 これは、瀬戸内海は大変島が多く、従って操縦が難しく、かつ漁業もおこなわれておりますのでそういう環境もあったのですが、近年は船の機能や操縦能力も格段に向上しまして、現在は2000人乗りの外国客船なども瀬戸内海クルーズに入ってきております。そういった世界のクルーズ業界の中では瀬戸内海クルーズはヨーロッパのエーゲ海クルーズに匹敵する魅力があると評価をいただいておりますので、まだまだ瀬戸内クルーズのアピールが世界はもちろん日本にもできていませんが、神戸港といたしましても、神戸港を起点とした瀬戸内クルーズをより強くアピールしていきたいと考えております。
 今年の入港予定の船は約2300人の「ノルウェージャン・ジュエル」、3200人の「エム・エス・シー・スプレンディダ」、4000人の「クアンタム・オブ・ザ・シーズ」、3000人の「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」などの超巨大船が入ってきます。また、2700人の「ダイヤモンド・プリンセス」、これもアメリカの船なのですが、これは実は大型客船として初めて瀬戸内海のクルーズを実施していただいております。また、3000人のボイジャーとか4000人のクアンタムというのは、特に中国からのお客様を日本にお連れする1週間くらいのクルーズの船です。
 クルーズ船というのは値段が大変高いとこれまで敬遠されておりますが、例えばこういう船の中国クルーズですと、1週間の日程で、1日当たり大体1万5000円くらいです。この料金の中には食事も食べ放題で入っておりますので、1日5食という方も普通だそうです。なんせ船の上ですから食べるというのは非常に大事な楽しみでして、1泊5食付で1万5000円というのは非常にお得ではないかと、また食べ過ぎて健康にも配慮しなければということで船の中にはジムもあります。また、船の屋外にあるプールで泳いで、船の中を走って、1日5食食べるという楽しいクルーズが実施されております。

ウォーターフロントの再開発

 その次にウォーターフロントの再開発についてご説明したいと思います。神戸のウォーターフロントの再開発といいますと、既に行われておりますのがハーバーランドです。以前は臨港鉄道施設だったところにご承知のように都市機能を集約しております。東側ですと、鉄鋼の生産現場でありました地域を現在はマンションも含めた都市機能として再開発してきました。また、ポートアイランドではコンテナターミナルの跡を神戸学院大学、夙川学院、兵庫医療大学というような形で大学の街として再開発してまいりました。そして、近年のウォーターフロント再開発なのですが、メリケンパーク、第三突堤基部のポートオアシス、そして「かもめりあ」についてお話したいと思います。
 まずはメリケンパークですが、メリケンパーク自体は開港120年を記念して30年前に整備したものです。30年経ちましたので老朽化も進んできたということで、開港150年を記念してリニューアルしました。ひとつは「BE KOBE」というモニュメントを設置しました。正直言いまして割と気楽なつもりで作ったのですが、今はSNSで大変な評判でして、神戸市内の若い皆さんが毎晩のようにBE KOBEの前で写真を撮ってインスタグラムに投稿するということで、大変にぎわっております。また、桜並木なども作りまして、LEDを使って夜景もきれいにしております。ちょっと暑いですからおすすめしにくいですが、もう少し涼しくなって、特に夜にはぜひメリケンパークにお越しいただいて、新しい噴水もこの間整備しましたので、お楽しみいただけたらと思います。
 それからポートオアシスという施設を作りました。これは本来は神戸港で働く労働者の方々の福利厚生施設なのですが、ぜひ神戸市民の皆さんにも活用していただきたいということで、多目的ホールや会議室、食堂も完備しております。食堂はもちろんご利用いただけて、きつねうどん300円です。なかなかにリーズナブルで、私なんかは本当においしいなあと思いますので機会がありましたら是非見ていただきたいと思います。かもめりあは神戸港内の遊覧船の発着基地です。これについてもリニューアルをしてライトアップをしてきれいになっております。
 それから、現在進行中のものを一つだけご紹介いたします。第一突堤にはホテルがすでにオープンしておりますが、第一突堤の根元の部分の再開発を進めております。コンセプトとしましては「海・港から生まれるニュー神戸ライフスタイル 日本アジア世界への発信」というイメージで、ここに水族館とアートを一緒にしたアクアリウムを作りたい、そしてミュージアムなども作ります。それからBMWのショールームを作ります。そういうもので集客機能を高めるのと合わせて、最先端の居住機能も合わせて作りたいと思っています。アクアリウムは日本で初めての360°の水槽を設置した大人向けの水族館で、そこに世界的な服飾デザイナーの桂由美さんのウエディングドレスのミュージアム、クラシックカーを展示するミュージアムなども併設しまして賑わいの出るエリアとして再開発したいと進めています。もうひとつ、ポートアイランドのしおさい公園にも地産地消をテーマとしたレストランカフェの誘致に成功しました。31年4月に開業予定になっております。以上がウォーターフロントの再開発です。

神戸空港のコンセッション

 次に神戸空港について、状況をお話したいと思います。神戸空港は現在の乗客者数がお陰様で昨年度は過去最高の307万人ということになりました。平成18年2月に開港以来、経済の浮沈に影響を受けたり、特に大きかったのはJALの撤退でした。JALの利用者数は100万人おりましたので、それがごそっとなくなったということになります。JALのお客様はJALしか乗らないという方が大変多いので非常に心配し、実際に激減したのですが、その後からスカイマークが日本各地に路線を張ってくれたということから伸び始めました。ただし、そのスカイマークもいったん経営破たんしました。これもどうなるのかという事態でしたが、経営を引き継ぐ事業者が現れ、なんとかその後は利用者を過去最高の307万人まで伸ばすことができました。また、搭乗率は飛行機の座席をどれくらい人が埋めているかという率を表すもので、70%いけばその路線は維持されると航空業界では言われております。その搭乗率が79.4%と過去最高になっております。
 路線のネットワークは全国7都市へ30往復便が就航しておりまして、神戸空港は残念なことに便数の制限がありますので、この30便というのは限界まで目一杯飛ばしているという状況です。一番多いのは羽田の9往復、次に新千歳の6往復、那覇が6往復。この3路線を基幹航路という訳ですが、それ以外に仙台2往復、茨城2往復、鹿児島2往復という形で運航しています。航空会社別に見ますとスカイマークが22便、ANAが3便、同じANA系列のソラシドエアが3便、これは沖縄ですね。そして同じANA系列のAIR DO(エア・ドゥ)が札幌便2便で全部で30便です。残念ながら上限いっぱいで、航空会社はもっと飛ばしたい、神戸空港の需要は十分にあると言ってくれていますので、この制限の撤廃を早く行うのが我々の喫緊の課題の一つであります。そのためには何よりも神戸空港で飛行機に乗っていただくことが一番ですので、ぜひ皆様方のご協力をお願いしたいと思っております。
 路線別に旅客数を見ますと、もちろん一番多いのは東京羽田で、平成29年度は110万人というたくさんのお客様に乗っていただいております。ただ、東京便で特に課題になっておりますのが時間です。今、夜の羽田を出る最終便が20:15で、神戸に着くのが21:30くらいです。これ以上遅い便は飛ばせません。これも制約があるからで、神戸空港は朝7時から夜10時まで以外は飛ばしてはいけないという制約を受けております。特に言われているのが東京便で、羽田を20:15発では早すぎるのではないか。東京で一杯やって帰ろうと思ったらもう新幹線しかない。せめて21時くらいに飛ばせと非常に強い声で言われております。このためには規制を撤廃する必要があるわけでこれも神戸空港の喫緊の課題となっております。
 次に、コンセッションについてお話しいたします。 コンセッションとは、空港の運営を民間にお任せしちゃうということです。神戸空港でもこの4月からオリックス、それからフランスの会社であるヴァンシ・エアポートが中心となります関西エアポート神戸にその運営をゆだねたところです。コンセッションの目的は大きく2つありまして、神戸空港の場合はオリックス、ヴァンシに運営を任せることによって関西空港・伊丹空港と三つの空港をひとつの空港として一体運営してもらおうことによって3つの空港の力をもっと発揮しようというのがひとつ、もうひとつは空港にはいわゆる飛行機が離着陸します滑走路と旅客ターミナルという施設が別々にあります。これは従来別の経営だったのですが、これもひとつの運営のほうがいいのではないかと、2つの施設を民間会社一つに運営してもらおうというのがもうひとつの目的です。手続きを経てこの4月からその事業を関西エアポート神戸にゆだねているものです。

神戸港将来構想とその実現に向けて

 最後に、神戸港の将来構想の話をさせていただきます。1868年に神戸港が開港、1995年に阪神・淡路大震災で大変な被害を受けましたが、現在このような形で開港150年を迎えました。そして将来構想についてはおおむね30年後の2050年頃を見据えたものです。開港150年記念式典の際に秋篠宮殿下御臨席の下にその将来構想を発表させていただきました。その将来構想を作るにあたって、大きく4つの社会情勢を前提としました。ひとつはアジアの、特に東南アジアの急速な経済成長。次に第4次産業革命と言われるIOT、AIなどの伸展。3つ目に労働力人口の減少。先ほど言いましたが労働力人口の減少で悩んでいるのは日本だけではありません。あの中国でさえ労働力の減少に今直面しております。これは一人っ子政策の影響です。特に港湾の世界では労働力人口の減少にどう対応していくかが非常に大きな問題となっております。さて、4つ目に交流人口の増加です。先ほどクルーズの所でご紹介しましたように、非常に世界の交流人口が増えておりますので、こういうことに対応しようとしています。このような4つの大きな社会経済情勢の変化を前提といたしました。
 そして、その基本理念として「挑戦・進化を続けるみなと神戸 〜新たな価値創造を目指して〜」ということを指針としてあげました。大きく2つの取り組みをあげております。ひとつは港湾・産業の主な取り組みとして、世界的な物流の中で新しい価値を生み出す港にしようということです。これを神戸国際ロジスティックス構想と呼んでいます。船をつける岸壁は仕切りがありまして、この船はこの仕切りの中、あの船はこっちの仕切りの中という風になっております。それを将来構想の中では、水際線のどこでも船を付けていけるようにして、水際線の長さは500メートルくらいですが、そのどこに船をつけてもいいよということにしようとしています。これは港湾の世界では画期的なことで、日本はおろか世界でもどこも出来ていません。それをしようというのがこの構想です。もうひとつは先ほど来出てきておりますがIOT、AIを駆使した最先端の技術を利用した物流倉庫を作ろうとしています。ほとんどが自動化されるのではないかと考えております。
 コアとなるプロジェクトは2つありますが、ひとつは再輸出型のトランシップです。東南アジアからの貨物をいったん神戸にあげて、神戸で加工などをして付加価値を付けてから再輸出しようということです。もうひとつは、そのために最先端の技術と最先端の物流サービスをすることでその技術そのものが神戸港、また神戸のブランドとして確立することにしようというコンセプトを設けています。
 もうひとつは賑わいつくりの主な取り組みとして、ラグジュアリーな時、場、出会いで新たな価値を見出す港にしよう、世界を魅了するウォーターフロントにしようということです。第四突堤に今も船をつけておりますが、さらにここに商業業務機能も集約した賑わいのあるものにしよう、また中突堤にも大型船がつくようにしようとしています。そしてウォーターフロントとしてポートタワー西地区あたりを先ほどのプロジェクトも含めて開発していこうという構想になります。世界から人を引き付ける神戸ウォーターフロントの形成、またクルーズ船受け入れ態勢の充実、マーケットの拡大によるクルーズ都市神戸を創っていこうということです。例えばですが、まだ神戸には残念ながらホテルひとつをとりましても世界の5つ星といわれているようなホテルはありません。これは知事もいわれていますが神戸の弱みのひとつではないかという状況です。ウォーターフロントの中で出来れば世界の5つ星のホテルも含めて、世界中からたくさんの観光客の方が来られて、賑わうような神戸のウォーターフロントにしたいということで現在その開発を進めています。
 将来構想ですがおおむね2050年を完成のめどとしていますが、構想を作った直後からたくさんの方からお叱りを受けております。「何を呑気なことを言っているのか、30年なんて遅い。10年くらいで作れ」と言われておりまして、私ももっともだなと思います。色々とお金の問題、ライバルの問題、世界の海運情勢の問題などいろいろありますが、今年中に中期計画という位置づけではありますが、この10年の中期計画を作ってできるだけ早くこれを進めたいと考えております。30年後を俯瞰した神戸港の姿の想像図では、今埋め立てているフェニックスのあたり、さらに周囲も埋め立てて今日ご覧いただきました世界でも最高レベルのコンテナターミナルとして整備したいと思っています。
 これを六甲南と我々は呼んでいますが、これを進めることで現在の港湾機能をこちらに移していって、空いた所に世界中から観光客が来てにぎわうようなウォーターフロントを開発したいということです。また、中期計画の目標年次である概ね10年後に出来上がるころには当然大阪湾岸道路も開通していなければいけません。みなと神戸の新しいシンボルになるようなデザイン性の高い橋として作っていきたいと考えています。また、その頃には神戸空港も40便、50便と飛ぶ、また24時間飛べるような空港になるように頑張っていきたいと考えております。
 さて、話を進めていくと私が力が入ってまいりまして少し勇み足というか、いい過ぎた部分もあるかもしれませんが、志だけは高く持ちまして、震災から23年を迎えた神戸ですから、市長は新しいステージに神戸をあげ、チャレンジしていくといっております。神戸港、神戸空港はその下支えとして必ず必要になる施設であると考えておりますので、ひきつづき新しい姿としてチャレンジを続けていきたいと思います。ぜひとも、皆様方のご理解とお力添えをお願いしまして、私の説明にさせていただきます。ご清聴をありがとうございます。

−会場からの質疑−

 【質問】神戸まつりは三宮集中型ですよね。花電車はなくなったけれど花バスで皆に見てもらえるようなことが出来たら私たちも励みになります。湾岸道路ができるまでにいろんな場所が閉鎖されるのは本当に残念で、早くやっていただければ嬉しいです。同じように、長田港のフェリー埠頭が今、砂利置き場になっております。あそこを活用してもらえたら長田の南部はものすごく活性化すると思うのです。
 【岡口副市長】長田南部と長田港周辺の再開発、賑わいつくりはかねてから課題として言われておりますし、我々も重要視しております。これはみなと総局と経済観光局、それから道路や公園をやっている建設局が協力してやらないといけません。これは私が責任者でございますので、是非皆さんと相談しながらご意見をいただきたいと思っています。それから、湾岸道路は私も早くしたいのです。ただ、これは莫大なお金がかかりまして、要は国がいくら支援してくれるかと。早く建設費の目途をつけて進めたいなと思います。もちろんその際に、資材置き場とかそういうことはできるだけ皆さんにご迷惑をかけないようにきちんと相談しながら進めてまいります。そして、残念ながら私は神戸の生まれではないのでみなと祭りは実際には知らないのですが、市長は神戸生まれです。市長は本当にみなと祭りのことを気にしていまして、どこかで50年前の港の写真を探し出してきたんです。当時の花電車も写っていました。去年の開港150年の時も、みなと祭りを何とかという話は出たのですが、実現しませんでした。ですが、少し時間がかかるかもわかりませんが、みなと祭りにかける皆さんの思いも大事にしながら少しずつ議論して進めていったらと思っています。
【質問】港の開発をしていくときに、大きな地震への対処というのでしょうか、街を広げていくのと同時にそういうことへの対策もされていくのかをお聞かせ願えたらと思います。
 【岡口副市長】津波対策には段階が2つありまして、レベル1の対策につきましては神戸港については平成28年にすでに終わっております。現在進めております、千年に一度と言われているレベル2の津波対策は、全国に先駆けて進めておりまして、久元市長の指示によりまして来年度中の完成予定を一年早めまして、今年度中に完成いたします。おそらくレベル2の対策が完成するのは日本で神戸が初めてだと思います。ただ、災害というのは想定外とよくいわれますので引き続き研究も進めて取り組んでまいりますが、おそらく日本で一番頑丈な神戸の港になるということは、ご安心頂けると思います。


 
     
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